家庭医療専門医の勉強記録

医学・非医学問わず、学んだことを投稿しています。内容の間違いなどありましたらご指摘ください。また、内容の二次利用については自己責任でお願いします。

【ヘイトウイルス】平和と幸福に満ちた禍々しい世界

うめざわしゅんさんの短編漫画集。
kindle unlimitedで閲覧可能。

この中の「ヘイトウイルス」という短編が非常に印象的だったので、紹介したい。
(*ネタバレありです)

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あらすじ

ある少年Hが自分の叔父であり、母の再婚相手でもある相手をバットで殴る事件が起きた。

叔父は母と関係を持っており、母を自分だけのものにしたいと思い、父を殺した。
少年Hはそのことを知ってしまい、叔父を憎み、犯行に及んだ。

捜査の過程で、少年Hと叔父は「ヘイトウイルス」に感染していたことが明らかになる。
このウイルスは感染すると、恐怖・不安・憎悪といった感情を制御できなくなり、衝動的な行動を抑制できなくなる。

かつてこのウイルスは世界の人間の9割が保菌者であり、そのせいで戦争などの悲劇が繰り返されてきたが、ワクチンにより感染は激減した。世界から戦争はなくなり、核兵器も根絶された。

少年Hと叔父もワクチンを投与され、「ヘイトウイルス」が体内から消える。
少年Hと叔父、母は赦しあい、幸せを取り戻す。

物語の終盤で、実は「ヘイトウイルス」など存在しないことが明らかになる。
要は、ワクチンはプラセボであり、効果を信じ込むことにより劇的な効果を生むのだ。

最後、このような問いかけで話は終わる。

これは二択だよ、灰色はない。君はどっちを選ぶ?
暴力と血に染まった人間らしい世界か、平和と幸福に満ちた禍々しい世界か、
さあ、どっちだ?


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感想

上の絵のように、赦しあう家族を見て、”気持ち悪さ”を感じる人は僕だけではないと思う。
最愛の人を失った人が、加害者に対して「殺っちゃったもんはしょうがないよ」なんて、普通の精神では決して言えるわけがない。

そこで、思い出すのが不寛容論について説いた書籍だ。

https://bc-liber.com/blogs/462d88904be4
 
 

リベロ

【不寛容論】情動的/認知的共感、伝統的寛容、不寛容。

こば
06/28 18:32
 


上記ブログで、僕は他者へ取りうる態度を4つに分類した。

この物語で言うと、
当初少年Hは叔父へ「不寛容」な態度を取り、暴力という手段を用いて排除しようとした。
(=暴力と血に染まった人間らしい世界)

しかし、ヘイトウイルスのワクチンを打たれた結果、叔父と分かり合い、ともに赦しあっている。これは「情動的共感」の状態に近いと思う。
(=平和と幸福に満ちた禍々しい世界)


物語ではこの2択しかないことになっているが、現実世界ではそれ以外の道がある。

別の言い方をすると、この物語を逸脱的思考で捉えれば、「この世に、悪に対する中庸的態度が存在しなかったら?」という仮説を描いてみた、と考えることもできる。

https://bc-liber.com/blogs/06c097ec60c3
 
 

signに気づき、signを出そう:「世界は贈与でできている...

こば
09/11 14:16
 



まず、叔父が父を殺した行為自体は赦されず、不寛容の対象となるが、手段は暴力ではなく司法に委ねるべきだろう。(刑罰も広い意味では暴力と言えるかもしれないが)

そして、叔父という存在に対しては、その行動に同意はできなくとも理解はできると考えれば認知的共感で臨むことも可能だし、理解すらできなくとも存在自体は仕方なく認める(伝統的寛容)ことも可能である。


鋼の錬金術師18巻より)

こうした中庸的態度がやはり人間社会には必要なんだろう、と改めて思いました。