前回の音楽美学と同じ著者の本。
1985年生まれ、現在は比較社会文化研究院というところに所属していて、専門は, 心の哲学と分析美学らしい。
本書は学生向けの講義をまとめたもので、口語体で書かれており読みやすい。
感情の本質とは何か?という基礎的な話から応用的な話まで色々出てくるが、とりあえず基礎的な部分を簡単にまとめてみる。
まとめ
感情とは、価値を捉える思考+価値に対処するための身体的な準備のことである。
価値=自分の生命や生活に影響を与えそうな重要な事柄
例えば道端で熊に遭遇すると、自分の命が危険(という価値)に曝される。
熊が危険な動物だと知っていれば、危険だという思考ができる。ただしこれは言語的な思考である必要はなく、システム1的な無意識的な思考のこともある。
危険からは距離を置くべきなので、心拍数が上がり、呼吸数が増え、筋肉は緊張し、素早く動けるように身体が準備を始める。
このような身体反応を感知すると、恐怖という感情があることがわかる。
つまり、恐怖は危険という価値を捉えている。
喜び→都合の良いこと
悲しみ→大事なものの喪失
怒り→不当な扱い、侵害行為
考察
このように理解すると、感情をコントロールするには大きく3つのアプローチがあると考えられる。
①価値を生み出す状況をコントロールする
熊の例でいえば、そもそも熊と遭遇する可能性が低い状況に身を置けばよい。
また、熊と遭遇してしまった場合に対処できる方法を準備しておくことも、恐怖を減らす一助になるだろう。
朝や夜は出歩かない、クマよけグッズを持ち歩く、引っ越すなどの手段が考えられる。
(ちなみに私の職場のある市の付近では、熊が時々出没する)
ただ、部屋に閉じこもっていれば危険への遭遇は大幅に減らせるかもしれないが、そうすると今度は「退屈」という感情にも対処しないといけないので、そのあたりの塩梅は難しい。「ひまりん」で書かれている第二形式の気晴らしも見につける必要がある。
②思考をコントロールする
怒りは不当な扱いという価値を捉えるが、システム2的に冷静に見つめ直すと違う側面が見えてくることもある。
妻に過剰に心配され「そんなに僕は信頼できないのか」と怒りを感じたとき。話を聞くと、妻は僕を信頼できないのではなく、ただ不安を表明しているのだけだと気付く。そうすれば「不当な扱い」という価値は消え、必然的に怒りも収束する。
③身体をコントロールする
自律神経に直接アプローチするのに最も手っ取り早いのは、呼吸をコントロールすること。瞑想でもマインドフルネスでも呼吸を重要視している。
「Think clearly」にも書いてあったが、ネガティブな感情がわかずに穏やかであれば、大抵人間は幸せなので、こうしたアプローチを色々身に着けておきたい。
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(以下、メモ)
第2講
感情の本質は何か?
5つ候補あり
1.知覚 → ×:知覚しなくても想像だけでも感情は生まれる
2.思考
3.身体反応
4.感覚 → 行動の準備である身体反応を感じたもの
5.行動 → 行動の傾向と考えれば、3と同一
↓
思考と身体反応が残る。
思考について
・毒ガエルは毒があると知っていれば、怖い。知らなければ、怖くない。つまり、思考なしに感情は生まれない。
・赤ちゃんや動物は成人並みの思考はできないが、感情はあるように見える
→感情の本質に含まれる思考は、赤ちゃんや動物にもできるような形式の思考である。
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第3講
身体について
・ジェームズ=ランゲ説:感情は、身体反応を感じ取ったもの=身体反応の感覚である。
心拍数の上昇、頭に血の昇る感覚などの身体反応がない怒りは、なさそう。
では身体損傷で身体反応が乏しくなると感情もわきにくくなるのか?→そうでもなかった。
感情は周囲の状況が持つ価値に対する反応である。
悲しみは大切なものの損失、怒りは不当な扱いや侵害への反抗心
→ジェームズ=ランゲ説では説明できない。
・表情フィードバック仮説:表情や身体動作により感情が制御される。
笑顔を作るとポジティブな気分が少し増幅される。
深呼吸をすると怒りや恐怖や不安が少し落ち着く。
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第4講
感情が持つ価値を捉える役割を重視した理論
感情には志向性があり、必ず対象がある
その対象が価値であり、具体的なものと抽象的なものがある
感情二要因説
感情は身体反応の解釈により変わる
評価理論
対象の評価が先で、その後身体反応だ、という主張
対象の評価=思考は、非言語的なものも含む
快・不快の判断など、赤ちゃんや動物でも可能なもの
まとめ
感情=価値を捉える思考+価値に対処するための身体的な準備
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第5講
基本感情
価値は、その客観的(間主観的)状況により変わる
・普通の恰好だとハチは危険だが、完全に肌が隠れていれば危険ではない
・日本だと上座に下っ端が座ったら怒られる
価値は、知識がないとわからないものもあり、知識がないと不適切な感情を惹起しうる
基本感情=生得的感情
・人間なら共通にもつことができるとされる感情
・エクマンの調査による結論:怒り、恐怖、驚き、喜び、嫌悪、悲しみの6つ(諸説あり)
感情の感情価:ポジティブな感情とネガティブな感情
ポジティブな感情→原因との関わりを増やす行動を促す
ネガティブな感情→原因との関わりを減らす行動を促す
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第6講
複雑な感情
基本感情が混ざることで複雑な感情が生まれる
例:誇り≠成功の喜び
=成功によって自分の評価が高まることの喜び
→他人からの評価を気に掛ける社会性が必要
例2:希望≠単なる喜び
=状況が改善されそうなことに対する喜び
→過去や未来の予測や比較が必要
例3:罪悪感≠単なる悲しみ
=自分が道徳違反を犯したことに対する悲しみ
→道徳の理解が必要
例4:嫉妬
=自分より他人が良い状況にあり、その利益は自分が得られるはずだったと考えているときの悲しみ・怒り・憎しみ
→状況理解や比較能力が必要
*嫉妬は自分が得られるはずだった利益を守る行動を促す役割がある
文化の影響
・感情の思考的側面は文化の影響を受ける
・特定の文化に特有の感情もある
・感情を表に出す行動も文化の影響を受ける 日本はあまり出さない 欧米は出す
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第7講:無意識の感情
感覚とは
感じられるもの、意識に現れるもの=クオリア
感覚が立ち現れる前に、細胞レベルの情報処理など意識できない(無意識の)反応が起きている
→感覚は、無意識の領域での反応の結果
例:揺れる吊り橋を渡る
→無意識に筋肉を緊張させ、動きを遅くして慎重に渡る
(渡り切ってから緊張していたことに気付く)
→無意識に価値認識と対処行動を行っている=感情が役割を果たしている
→無意識の感情があったと言ってよいのでは?
意識や感覚が存在する意義・・・
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第8講:他人の感情
他人の感情は見えない。なら、実は他人には感情がないんじゃないか?
表情は感情を表すのか?表すとは?
①<表すもの>と<表されているもの>は別物、
②<表すもの>を介して<表されているもの>の情報が得られる
③<表すもの>は<表されているもの>と比べて正確さを判定できる
例)<表すもの>東京タワーのポストカード<表されているもの>東京タワー
表情が<表すもの>、感情が<表されているもの>だとすると、③の比較ができない。
→感情そのものの存在が不明確になってしまう
↓
表情は感情の一部だと発想してみる
→感情の身体的側面のいくつかは、目に見えるため、それを見て取ることで「感情を見る」ことは可能
例)本全体を一度に丸ごと見渡すことはできないが、「本を見る」ことはできる
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第9講
気分と感情の違い
・気分は弱い感情?
・気分は長続きする感情?
・気分は感情を抱きやすくなる状態?潜在的な感情?
・対象が異なる?感情の対象は明確、気分の対象は不明確・多岐に渡る →これが一番尤もらしい
憂鬱という気分は何のためにある?
・階級闘争に負けた個体が、すぐさま再戦を挑むのはリスキー
→思いとどまらせる効果
*勝者も憂鬱になる、階級闘争以外でも憂鬱になる点は合わない
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第10講 理性と感情
感情と理性は対立するものではない
・感情と理性的な思考:どちらも価値を捉えている
・感情にも合理的なものと不合理なものがある
・むしろ、感情による価値の判定は、理性的な判断のために必要かもしれない
感情はシステム1,理性はシステム2
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第11講 感情と道徳
道徳的判断
・価値判断 → 感情にも影響
・べき
・義務論はシステム1,功利主義はシステム2
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第12講 恐怖を求めるのはなぜか
負の感情のパラドックス
→バンジージャンプは怖いのに、なぜ求める人がいるのか?
・消去説:本当は負の感情は生じてない
バンジージャンプは安全だから恐怖は生まれない
悲しい曲を聴いているときも、何も喪失はないので悲しみは生じない
・補償説:恐怖を上回るポジティブな感情がある
バンジージャンプは非日常体験で喜びや興奮が得られる
悲劇でデトックス効果がある、大事な教訓が得られる
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第13講 感情とフィクション
なぜフィクションに感情移入するのか
・ごっこ説:怖がるふりをしている
思考としてはフィクションだとわかっている
身体はリアルと似たような反応をする
・思考説:思い浮かべて怖くなる
フィクションの状況を思い浮かべて恐怖が生まれる
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第14講 ユーモア
愉快さ:ユーモアを捉える感情
ユーモアの価値とは?
優越説:愉快さとは、自分が他人より優れていると気付いた時の喜び
→必要条件でも十分条件でもない
解放説:高まった神経エネルギーを解放することで愉快さが生まれる
→「神経エネルギー」があいまい
不一致説:期待や予測と、現実の不一致により愉快さを感じる
→ネガティブな不一致もある。
→どんな不一致ならポジティブ?
・無害さ
・不一致の解決
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第15講 まとめ
身体反応や思考のコントロール → 感情のコントロール