本書の主張を一言でいうと、こうである。

言葉でなにかを表現することは詭弁である。だがそれの何が悪い。

あることを表現するとは、複数の可能な言葉から一つを選択することに他ならず、その際に、自分にとって最も都合よく、効果的な言葉を選ぶことは、説得を目的とするレトリックの立場から言えばむしろ当然の振る舞いである。

(中略)
余計なことに悩まず、自分の発言の目的にとって最も効果的な「名づけ」を選択すればいい。そして、その結果については自分が責任を引き受けるのである。自分の言葉に責任をもつとはそういうことだ。

(中略)
むしろ、こうした場合にやってはならないのは、自分の本心――本当に感じていること――に反して、できるだけ中立的で、客観的な「名づけ」を選ぼうとすることである。

(中略)
もちろんそれが、何らかの計算か配慮にもとづくものであれば、そうした「名づけ」には何の問題もない。だが、言語表現一般において、できるだけ自分の思想、価値観、 嗜好 等による断定を排した中立的な「名づけ」こそが正しいと考えるのであれば、それは人間の言葉の使い方として根本的に誤っている。それでは、自分が言葉をもっている甲斐がない。

39-40p    *太字引用者



そのほか、印象的だったポイントを以下に記す。


・論理的議論は、対等な人間関係でないと成り立たないが、実社会にはそのようなものは存在しない。

・論理やレトリックは弱者の武器である。強者にはそのようなものは必要ない。
レトリックは説得(可能な説得手段の発見)を目的とする

・言葉による表現は、順序がついてないものに、順序を付けて並べざるを得ない

a    B君の論文は、独創的だが、論証に難点がある。
b    B君の論文は、論証に難点があるが、独創的だ。    24p


・言葉による表現は、そもそも結びついていないものを強引に連結できる

K君は人柄がいいが、思想的に右寄りだ。    31p

→人柄がいいことと、思想的に右寄りであることは関係ない。
→むしろ、この連結により、語り手が、右寄りの思想に否定的であることがわかる。

・言葉選びで印象操作できる    しないことが難しい
例:言動や表情が少ない人間を見たとき、
肯定的に呼ぶなら「物静か」「クール」
否定的に呼ぶなら「陰気臭い」「暗い」

・事実と意見は厳密には区別できない(ただし、小中学生くらいを対象に大雑把な区別を教育することはそれなりに意義はある)
例:この聖堂は1612年に建てられた
→事実ではあるが、歴史的価値観を大事にしていなければそもそもこんな表現はしない。

・言葉を定義すると、必ず例外や矛盾が生まれる。例外や矛盾のない広い定義を作ると、殆ど意味がなくなってしまう。
プラトンは、「子供に討論の仕方を教えてはいけない」と言った。

・自分たちに賛成する意見は「気の利いた言い回し」、反対する意見は「詭弁」と言われる。

詭弁の認定が公平ではないという事実が、われわれが本当は詭弁を嫌ってなどいないということを裏側から示している。    84p

 

問いを出す側は、問いを構成する言葉を自分に都合よく選ぶことができるという特権をもっている。なので、答える側は用心しないといけない。

例:(あなたが死刑賛成だとして、死刑廃止論者からの問い)国家に人を殺す権利があるのか?
→「ある」だと独裁的国家容認のようになってしまうし、「ない」だと死刑反対になってしまう。
→「類似からの議論」で相手を自滅させると良い。
→「では、国家に人を監禁する権利はあるのか?」
→さすがに死刑廃止論者であっても禁固刑は認めているはずであり、これには答えられない。

「論証の厚み」:聴き手の納得感を得るには論証は複数必要なことがある。ただ論証同士が互いに矛盾することもあるため、注意が必要。

例:捕鯨反対の人の根拠

a    「鯨は高度の知能をもった高等な哺乳類である」 
b    「欧米の動物愛護団体の反発を招き、大規模な日本製品不買運動が展開される恐れがある」    57p

a:「定義からの議論」。本質論的。欧米の賛成反対は関係ない。
b:「因果関係からの議論」。プラグマティック(実際的)。鯨が高等な動物かは関係ない。
aの議論にbを加えると、かえってaの真摯さに疑いをもたれる。
bの議論にaを加えるのは、まったく無関係で、取って付けたような印象しか残らない。

 

「人に訴える議論」「発生論的虚偽」:議論の内容ではなく、議論をしている人物を否定することで議論を葬り去ろうとすること。論点の変更。

五つの分類がある。
1.悪罵型:発言した人物の人格等を攻撃することで議論を否定する。
2.事情型:発言した人物の、行動や過去の発言との矛盾を指摘することで議論を否定する。
3.偏向型:発言した人物の立場が公平でないことを指摘することで議論を否定する。
4.お前も同じ型:相手がこちらを非難してきたとき、相手も類似した行為をしていることを指摘して、非難を骨抜きにしようとする。
5.源泉汚染型:偏向型をより強めたもの。発言した人物の立場が根本的に偏っているため、その主張は到底受け入れられないと突き放す。

一方で、論点の変更は、必ずしも悪いわけではない。
例:咥え煙草をしているAさんが、Bさんの咥え煙草を注意した。
→Bさんは「あんたにそんなことを言う資格があるのか?」と言い返す。

自分は平然と「悪」を犯しながら、他人の「悪」は厳しく糾弾するというその不公平さを攻撃しているのである。それは「咥え煙草で道を歩いてはいけない」という発話の是非よりも、私にとっては優先すべき論点である。その論点に移行して、なぜいけないのか。    104p


→また、この場合Aさんの発言内容の真偽も怪しくなる。
自分が咥え煙草をしている時点で、それをそこまで悪いものだと思っていないことは明らか。命題としての真偽ではなく、Aさん自身の発言としての真偽が怪しい。

「先決問題要求の虚偽」:先決問題=前提の証明を無視した議論。

A    「K西先生が今度お出しになった詭弁に関する本を読んだけど、すばらしい名著だったな。まさに、眼から 鱗 が落ちたよ。」 
B    「僕も読んだけど、つまらなかった。」
 A    「馬鹿な!    君は勉強が足りず、読みが浅いからそんな愚かな評価をするんだ。」    124p

この場合Aは、その本が名著であること(=前提)は証明不要のこととしている。

循環論法も先決問題要求の虚偽の一種である。

【判断】 「『幽霊を見た』という、昔の人の話は信用できない。」 
【根拠】 「なぜなら、昔の人は迷信深かったから。」
 ⇔ 
【判断】 「昔の人は迷信深かった。」
【根拠】「なぜなら、昔の人は『幽霊を見た』などと言ったりするから。」    127p



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以下、感想。

医師として様々な場面で患者さんとお話をする。

重大な病気の可能性のある方に、遠方の高次病院まで搬送するかどうか。
高齢の家族を、最期まで家で診るかどうか。
心臓が止まったときに、蘇生行為を行うかどうか。
コロナワクチンの4回目を打つかどうか。
血圧を下げる薬を飲むかどうか。

昔は「パターナリズム」が主流だった。医師がこうするべきだと患者に言い、患者はそれに従う。

パターナリズムでは患者の自律性が尊重されない。その反省から、「インフォームドコンセント(説明と同意)」が生まれた。

癌の手術をするとA%くらいの確率で成功しますが、後遺症の可能性がB%あります。
手術はしない場合平均余命はC年くらいです。
手術+抗がん剤だと○○○で、抗がん剤だけだとXXXで・・・
さあ、どうしますか?


基本的には医学的情報は客観的(中立的)に述べることとされている。
しかし、本書にあった通り、そもそも言葉を完全に中立的に述べることは不可能であり、主観が入らざるを得ない。
手術の成功率90%と、失敗率10%は、内実は一緒だが、与える印象は異なる。

最近は「Shared decision making(共有意思決定)」という概念も出てきている。
これはその名の通り、医療者は医学的情報、患者は自身の状況や価値観などを共有しあい、そのうえで何がベストかを一緒に模索する方法である。

しかし、それでも決められない患者も多い。そうした患者はこう聞くのだ。

「先生だったらどうしますか?」
「先生の家族だったらどうしますか?」


だから、断定的な言い方は避けつつも、どちらかというと何を推奨するのか、というのはある程度述べるようにしている。

それはある意味「誘導」であり、本書の言葉を借りれば「詭弁」と言えなくもない。
しかし本書は「詭弁」を必ずしも悪いことだとは捉えておらず、むしろその肯定的な面も多く紹介されていた。

なので、これからも「詭弁」を上手に使いこなせるように精進していきたい。

「詭弁上手な医師」を目指します。


え、「詭弁」っていう言葉はネガティブな響きを持つからやめたほうがいいって?
うーん、確かに日常用語でもないし、「言う」に「危うい」っていう漢字の構成がすでに不吉な言葉だよね・・・。
やめたほうがいいかなぁ?
 



 
ジョジョの奇妙な冒険    41巻)

*「だが断る」の用例としてややズレている可能性は大いにある

https://dic.nicovideo.jp/a/%E3%81%A0%E3%81%8C%E6%96%AD%E3%82%8B
 
だが断るとは (ダガコトワルとは) [単語記事] - ニコニコ大百科
   「あ… あいつをひき込めば… あいつを差し出せば… ほ…… ほんとに… ぼくの「命」…は… 助けてくれるのか?」   ニタァ~ッ  「ああ~ 約束するよ~~~~~~~~~っ...
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