ハーモニーの作者、伊藤計劃さんのSF小説。
漫画版、劇場版アニメもあり。
9・11を経て、“テロとの戦い”は転機を迎えていた。先進諸国は徹底的な管理体制に移行してテロを一掃したが、後進諸国では内戦や大規模虐殺が急激に増加していた。
米軍大尉クラヴィス・シェパードは、その混乱の陰に常に存在が囁かれる謎の男、ジョン・ポールを追ってチェコへと向かう……彼の目的とはいったいなにか? 大量殺戮を引き起こす“虐殺の器官”とは?
(Amazon作品紹介より)
人間が本能的に持っている破壊衝動を言語によって刺激し、やがて虐殺を引き起こす。それが「虐殺器官」。
ジョンはテロにより家族を失った過去があり、後進国が先進国にテロを起こすのを防ぐため、後進国を「虐殺器官」により扇動して内戦や虐殺を引き起こした。
「人々は見たいものしか見ない。世界がどういう悲惨に覆われているか、気にもしない。見れば自分が無力感に襲われるだけだし、あるいは本当に無力な人間が、自分は無力だと居直って 怠惰 の言い訳をするだけだ。だが、それでもそこはわたしが育った世界だ。スターバックスに行き、アマゾンで買い物をし、見たいものだけを見て暮らす。わたしはそんな堕落した世界を愛しているし、そこに生きる人々を大切に思う。文明は……良心は、もろく、壊れやすいものだ。文明は概してより他者の幸せを願う方向に進んでいるが、まだじゅうぶんじゃない。本気で、世界中の悲惨をなくそうと決意するほどには」
340p
「わたしは悔いていない。わたしは命を天秤にかけた。わたしたちの世界の人間の命と、貧しく敵意の影がさす国の人間の命。わたしは目を見開いたまま、完全に正気で、その選択をした。そうして選択がなされたあとで、どれだけの命がわたしの背中に貼りつくことになるか、それもはっきりと自覚したまま選択したのだ。自分にできることを知ってしまったら、そこから逃れることはできないよ」
350p
クラヴィスはジョンの元愛人のルツィアに心惹かれ、ジョンの逮捕以上にルツィアに会いたい一心でジョンの足取りを追う。
そして、作戦遂行中にジョン・ルツィアともに死んでしまう。
エピローグで、クラヴィスはアメリカを「虐殺器官」により扇動する。
ぼくは罪を背負うことにした。ぼくは自分を罰することにした。世界にとって危険な、アメリカという火種を虐殺の 坩堝 に放りこむことにした。アメリカ以外のすべての国を救うために、歯を嚙んで、同胞国民をホッブス的な混沌に突き落とすことにした。
とても辛い決断だ。だが、ぼくはその決断を背負おうと思う。ジョン・ポールがアメリカ以外の命を背負おうと決めたように。
外、どこか遠くで、ミニミがフルオートで発砲される音がする。うるさいな、と思いながらぼくはソファでピザを食べる。
けれど、ここ以外の場所は静かだろうな、と思うと、すこし気持ちがやわらいだ。
361‐362p
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ハーモニーもそうだが、伊藤さんの小説は重たいテーマが多い。
去年、ウクライナ侵攻に触発され、戦争に関連したブログをいくつか書いた。
特に、最後のブログに書いたことは、本書を読んですぐに思い出した。
すべての人間が無意識に他人の命の重さを秤にかけてる。
(中略)
でも、だからといって、命の平等さを理念として目指すことは破棄してはいけない、とも思う。
たとえ現実には決して平等に扱えなかったとしても、理念としての平等さはあくまで掲げ続けるべき、と思う。
テレビの向こうの話を、自分事として捉え続けることは僕にはどうしてもできない。
僕は、自分の眼の前の「直接体験」を大事にするしかない。
僕がやるべきことは1番目のブログに書いたことから変わらない。
僕にできる贈与は何か?
月並みだけど、それはやはり目の前のことに精一杯向き合うことなのだろう。
患者さんやスタッフに、誠実に対応する。
家族を大切にする。
一隅を照らす。
それはただの前向きな言葉ではない気がする。
あきらめ、開き直り、無力感、複雑な感情を含んでいる。
でも、そうすべきだと思うし、そうしたいと思う。