家庭医療専門医の勉強記録

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やまい(病気)とは【医療とは何か ---現場で根本問題を解きほぐす】


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「哲学とは何か」の中で紹介されてた書籍。



本書のタイトルは、「医療とは何か」であり、実際に医療についての様々な思索が展開される。
本書では、医療を「納得を確かめ合う言語ゲーム」の一類型として捉える(182p)。

その具体例も医療従事者である私としては確かにとそうだなと思わされるものだったが、昨今流行りの「Shared decision making」と大筋は変わらないとも感じた。
現象学的に「客観的な診断」なるものを否定しているところが主な違い)

それよりも、本書前半で書かれていた病気についての考え方の方が興味深かったので、そちらを要約してみることにする。

病気とは

筆者によると、病気は3つの要素からなる(39p)
①身体の不都合
②不条理感
③自己了解の変様の要請
この場合の病気というのは、患者本人が身体の不都合をどう経験しているか(家庭医療学の用語で「やまい」)、という意味であり、必ずしも医学的な診断としての病気(=「疾患」)とはイコールではない。

①身体の不都合
本書では精神疾患については触れられてないが、精神疾患でも身体的な症状は出現する。
むしろそうした身体的な不調を一切伴わない精神疾患はないようにすら思う。
例えば、うつ病患者は「何かをやろうとしても体がついてこない」感じを経験することが多い。
なので、上記の筆者による病気の定義は精神疾患も包摂していると考えて良いと思う。

②不条理感
不条理という言葉の説明は本書にはなかったが、文脈的には「納得できない、受け入れられない」と言い換えてよさそう。
何らかの身体の不都合があっても、不条理感を感じなければ、その人にとってそれは病気ではない。
例えば急にお腹が痛くなっても、「食べすぎたせいかな」と思えばその人にとっては病気ではない。「これはおかしい」と思えばその人にとっては病気である。
ただ、「食べ過ぎ」の腹痛と思っても薬が欲しい・念の為などの理由で病院を受診する人も少なくない。特段重篤な疾患を疑う兆候がなければ、「急性胃炎疑い」などと疾患の病名をつけられることになる。

③自己了解の変様の要請
自己了解というのは過去から未来にかけての自分の物語のこと。
筆者によれば、「病気」はそうした物語の変更を強いるものである。(その程度は様々)
インフルエンザで楽しみにしてた修学旅行にいけなくなった高校生は、③を経験している。
100歳の寝たきりの高齢者に肺癌が見つかっても、特に症状もなく不安もなく治療も行わないのであれば③は経験しないかもしれない。


考察①:慢性疾患は?

筆者が救急医というバックグラウンドを持つ影響もあってか、この病気の定義は、主に急性疾患や重篤な疾患が念頭に置かれているように思う。
なので、それ以外の疾患についても検討してみる。

例えば、高血圧。
基本的に血圧が高くても無症状であり、本人にとっては血圧の数値上だけでの病気である。この病気は、大きく3種類に大別されると思う。

◯病識がなく放置している人:①~③いずれもない
特に身体面の不調も感じず(多少あっても血圧と結び付けず)、特に気にしない。
(医学的には疾患だが)本書でいうところの病気ではない。
この人はそもそも受診しないか、(会社や家族などの)外圧によりやむを得ず受診するだけで、治療にスムーズに移行することはあまりない。

◯それなりに納得し、上手く対処している人:ほぼ③のみ
血圧の薬をきちんと飲み、運動や食事にも気を使うから、③は経ている。
しかし①はなく、疾患理解も良好で②はほぼ感じていない。

◯非常に不安が大きい人:①~③すべてあり
めまい、頭痛、肩こりなどちょっとした症状をすべて血圧に結びつけ、不安を増大させる。1日に何回も血圧を測定しないと気がすまない。

このように考えると、本書の考える病気の射程は思った以上に広く、「やまい」について考えるうえで重要な示唆があるように思った。

考察②:FIFEとの比較

家庭医療学の分野では、本書における病気を「やまいIllness」と呼ぶ。
やまいを具体的に検討する上で、4つの要素の頭文字をとって「FIFE」「かきかえ」というものがある。

Feeling感情:どのように感じているのか
Idea解釈:病気の原因やメカニズム、悪化や改善要因などについての考え
Function影響:どのような影響があるのか
Expectation期待:ケアの提供者に対してどんなことを希望するか

これと、本書の病気の3要素を比べてみる。

①身体の不都合
これは主にFunctionだろうか。咳がひどくて仕事に支障が出る、肌荒れが恥ずかしくてプールに入りたくない、など。

②不条理感
これはFeelingやIdeaと被る点がありそう。「なんでこんな病気になってしまったのか」とか「きっと悪い病気に違いない」とか考えていれば不条理感を感じている。

③自己了解の変様の要請
これは、強いて言えばFunctionだろうか。上の方に書いたインフルエンザや肺癌の例は、Functionの話をしている、と言えなくもない。

こう整理すると、本書の3要素にはExpectationは含まれてない。
とはいえ、Expectationはやまいそのものというよりは、ケアの提供者と向き合うときに出てくるものなので、本質的なやまいの要素というよりは派生的なものな気もする。