家庭医療専門医の勉強記録

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教育と医療は便益(価値)遅延型専門サービスである。【論文紹介】



「便益(価値)遅延型専門サービス」
・・・かつてこれほどに、ピンと来ない言葉があったでしょうか?

でも大丈夫です。そんなにわかりにくくはない(はず)です。

というわけで、今回はとある論文の紹介です。
著者は香川大学の経済学部の教授。
 
プライマリケア連合学会の実践誌で紹介されていたものになります。

医療関係者、教育関係者、経済的な分析が好きな方などには、興味を持ってもらえるのではと思います。

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本ブログの要約

サービス提供者にとって顧客満足度は重要である。そこには「顧客が消費した価値物を適切に評価できる」という前提が隠れているが、教育や医療などの「便益(価値)遅延型専門サービス」の場合はその前提が怪しい

サービスとは、顧客が望む価値を生み出すための活動をアシストする活動であり、顧客はそのために消費資源を投入する必要がある。

便益遅延型サービスとは、サービス開始直後から価値としての変化が出現するのに時間がかかるサービスのことで、医療や教育などが含まれる。
そのため、顧客が価値を実感しづらく、サービスの品質として問題解決力よりも、消費資源投入の節約力が重視されやすい。しかしながら消費資源を投入してもらう方が結果としての品質が向上することから、顧客とサービス提供者とでサービスの品質評価に食い違いが生じやすい

また、専門サービスは専門的知識を持たない顧客にとってサービスの価値を評価しづらいため、外在的組織品質など別の評価が重視されやすい。

顧客満足度調査を行う際にはこのような歪みがあることを認識し、顧客の視点からの品質評価だけでなく、現場のプロの視点からの評価や管理者の視点からの評価など、複数の視点から評価を行うことが重要である。

概要

顧客満足度を実施する前提
便益(価値)遅延型サービスとは
    そもそもサービスとは?
    消費資源とは
    便益(価値)遅延型サービスとは
    サービスの品質の評価の3次元
専門サービスの特性
    専門サービスとは
    専門サービスの品質構造


顧客満足度を実施する前提

=顧客が消費した価値物を適切に評価できる
①顧客のニーズや評価軸が適切である    →    本稿の考察対象外

②提供される価値を認識できる
    →便益(価値)遅延性

③提供された価値を評価するのに必要な知識・技能を保有している
    →サービス・デリバリーに必要とされる知識・技能の専門性



便益(価値)遅延型サービスとは

■そもそもサービスとは?
・生産活動の集合体
・「消費によって得られることが期待される価値としての変化」を導く

⇔モノ(サービスとの対比として)とは?
・生産活動の結果として産出される客体物
・「消費によって得られることが期待される価値としての変化」が物的特性として内蔵されているもの

■消費資源とは
・顧客がモノやサービスを消費するために、投入する必要があるもの
・金銭、時間、肉体的エネルギー、精神的エネルギー、知識、技能など
・モノから価値を得るには必要な消費資源をすべて投入する必要があるが、
    サービスはその負担を一部引き受けてくれる(全部ではない)


サービスとは、顧客が望む価値を生み出すための活動をアシストする活動である。
=活動の中心は顧客である
①提供されるサーピス+そのデリパリープロセスは顧客志向でなければならない
②顧客自身による活動の遂行が必要不可欠&価値を引き出すための活動の集合において中心的な役割を果たす

例:高血圧患者にいくら降圧薬を処方しても、患者が薬を飲まなければ血圧は下がらない
例2:教師に最高の指導をしてもらっても、生徒が自分で勉強しなければ成績は上がらない


■便益(価値)遅延型サービスとは
・多くのサービスはサービス終了により、価値としての変化は終了する
例:レストラン
接客サービスによりポジティブな情動が喚起され始め、
料理によりさらにポジティブな情動が喚起されて空腹感が満たされ、
会計を済ませてレストランを出ると変化は終了する。
(ポジティブな情動はしばらく続くかもしれないが、それはサービス自体の直接的な作用ではない)

サービス開始直後から価値としての変化が出現するのに時間がかかるサービスもある
便益(価値)遅延型サービス:医療や教育など
サービスの価値としての変化の対象が顧客の身体や能力である場合に生じやすい


■サービスの品質の評価の3次元
①問題解決力:サービスの利用動機となった基本的ニーズを満たす価値の提供力
例:医療なら疾患の治癒や苦痛の緩和、教育なら知的能力の向上    など

②情動の創出力/低減力:ポジティブな情動を喚起したり、ネガティブな情動を低減させる力
例:映画を観てワクワクする、カウンセリングで悲しみが減る    など

③消費資源投入の節約力:顧客の消費資源投入をどの程度節約できるか
例:ネット注文で時間節約、出席しなくても単位がとれる大学    など
便益(価値)遅延型サービスの場合、消費資源の節約は短期的には顧客にとってメリットがあるが、長期的にはデメリットをもたらす危険性がある

つまり、便益(価値)遅延型サービスの場合には、消費資源の節約よりも、いかに消費資源を投入してもらうかの方が重要になりうる
③’消費資源投入の促進力:顧客の消費資源投入をどの程度促進できるか

顧客からみた場合、①は結果品質、②×③は過程品質と区別できる。

一方で、サービス提供者から見た場合、①×③’が結果品質、②が過程品質となる。




専門サービスの特性

■専門サービスとは
以下の5つの特徴を持つ従業員を中心としてデリバリーされるサービス
・専門的知識・技能の修得
・自律性:組織の権限関係よりも自らの職業上の要請を重視する
・仕事へのコミットメント:お金のためよりも仕事自体のために働く
・同業者への準拠:組織内の他職種よりも外部の同業者集団を重視
・倫理性:専門的権威の行使は倫理性に基づいて拘束される

→専門的知識技能を習得していない顧客にとって、サービスの価値やそのデリバリープロセスの適切性を評価することが難しい

■専門サービスの品質構造
・外在的組織品質:サービス組織のイメージ
・外在的個人品質:組織内の個々の人材のイメージ(名声や評判、学歴、経歴など)
・物理的品質:サービスデリバリーシステムの物理的特徴
・相互作用品質:従業員と顧客の相互作用過程で生み出される品質
・専門的知識・技能品質:専門的な知識がないと評価できないコアの品質

例:大病院へ紹介され全身麻酔で手術を受ける顧客
手術前(サービスデリバリー前)
「あの病院は有名な大病院だし(外在的組織品質)、
    アメリカ帰りの有名ドクター(外在的個人品質)の手術だから、
    きっと大丈夫なはず」

手術後(サービスデリバリープロセス)
「手術はうまくいったと言われた(*専門的知識技能品質の評価は困難)。
    でも手術の痕は思ったより汚いし、痛みが結構辛い(物理的品質)。
    医師も看護師さんも忙しそうであまり声をかけられない(相互作用品質)。
    本当にここで手術を受けてよかったんだろうか・・・。」

このように、顧客の品質評価だけで専門サービスを評価すると、歪んだものになりやすい。
逆にプロの視点からだけだと、手術の正否のみに目が向き、接遇面は軽視されやすい。
管理者の視点からだと、手術件数や診療報酬などの数字面に目が向き、現場の声は軽視されやすい。

顧客満足度調査を行う際にはこのような歪みがあることを認識し、顧客の視点からの品質評価だけでなく、現場のプロの視点からの評価や管理者の視点からの評価など、複数の視点から評価を行うことが重要である。


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雑感

「医療はサービス業の一種である。(だから接遇面などを大事にしなければいけない)。」というような言説をどこかで聞いたことがある。

僕はそれには賛成だが、ただ一般的なサービス業との違いも感じていて、僕にとってそれは「公的なインフラとしての側面が強い」ことだった。

日本では公的な病院よりも私的な病院が多いため公的側面はわかりづらいが、世界的には公的な病院の方が多い国が多数派らしい。
そのため、日本は公的な側面としての医療を統制しづらく、医療関係者の自助努力に委ねられている部分が大きい。(これはここ数年のコロナで更に露呈した)


今回の論文は、それとはまったく違う側面で、特殊なサービス業としての医療を論じていて、非常に興味深かった。
また、教育との類似点が数多いという点も新鮮だった。